あのドラマの「最期」のシーン:日本の終末期医療とACPをめぐる制度・課題
医療ドラマに描かれる「最期の迎え方」:あなたならどう向き合いますか?
医療ドラマを見ていると、患者さんが人生の最終段階を迎え、どのような治療を選択し、どのように「最期」を迎えるか、家族や医療者が葛藤するシーンがよく描かれます。例えば、延命治療を続けるか、苦痛緩和を優先するか、最期を病院で迎えるか、住み慣れた自宅で迎えるか...。
これらのシーンは、視聴者の心を揺さぶると同時に、「もし自分だったら」「自分の大切な人だったら」と考えさせられます。そして、ドラマのように医師が劇的な判断を下す場面が注目されがちですが、実際の医療現場、特に終末期医療の現場では、患者さんの意思決定はもっと複雑で、私たち看護師を含む多職種チームの丁寧な関わりが不可欠です。
では、こうした人生の最終段階における医療やケアのあり方は、日本の医療制度の中でどのように位置づけられ、ガイドされているのでしょうか?ドラマの描写をフックに、現実の日本の終末期医療と、近年重要視されているACP(人生会議)について掘り下げていきましょう。
ドラマの「決断」と現実の「プロセス」:制度の視点から見る違い
医療ドラマでは、しばしば医師が患者さんや家族に重要な選択肢を提示し、短い時間で「決断」を迫るかのように描かれることがあります。緊迫した状況の中で、延命治療の是非などが一気に問われ、医師の判断や家族の涙ながらの承諾によって方向性が決まる、といった展開です。
しかし、実際の終末期医療における意思決定は、特定の誰か一人が「決断」する瞬間よりも、時間をかけた「プロセス」が非常に重要視されます。患者さんの病状や予後、治療やケアの選択肢、それらがもたらす可能性のある結果、そして何よりも患者さんの価値観、人生観、希望、不安などを、患者さん自身や家族が医療者との対話を通じて確認し、共有し、共に考え、繰り返し話し合いながら進めていくものです。
ドラマで描かれるような劇的な一場面だけでなく、こうした継続的な対話こそが、患者さんの尊厳を守り、その人らしい「最期」を迎えるために不可欠なのです。そして、この「プロセス」を支援するために、日本の医療制度の中にはいくつかの枠組みや考え方が取り入れられています。
日本の終末期医療とACP:ガイドラインと看護師の役割
日本の終末期医療に関する意思決定プロセスを考える上で、最も重要な制度的なガイドラインの一つが、厚生労働省が示している「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」です。このガイドラインは、法的な拘束力を持つものではありませんが、国民や医療・ケアチームが人生の最終段階における医療やケアについて考える際の参考となるよう、基本的な考え方や医療・ケアチームが取るべきプロセスを示しています。
ガイドラインのポイントは以下の通りです。
- 多職種チームでの取り組み: 医療・ケア方針の決定は、医師だけでなく、看護師、薬剤師、管理栄養士、リハビリテーション専門職、ソーシャルワーカーなどが情報を共有し、合意形成を図りながら進めること。
- 患者さんの意思の尊重: 人生の最終段階における医療・ケアは、患者さんの状態に応じた専門的な医学的・客観的情報に基づき、医療・ケアチームから適切な情報の提供と説明がなされた上で、患者さん本人の意思決定を基本とすること。
- 繰り返し話し合うプロセス: 患者さんの意思は変化しうるものであるため、患者さん、家族、医療・ケアチームが十分に話し合い、合意形成に至るプロセスを重視すること。特定の時点で一度だけ意思を確認するのではなく、病状の変化に応じて繰り返し話し合うことが推奨されています。
- ACP(人生会議)の推進: 患者さん本人が自らの人生の最終段階における医療・ケアについて考え、家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有するプロセスであるACP(人生会議)の重要性が強調されています。
このACP(人生会議)は、まさにドラマで描かれるような緊迫した「最期の選択」の場面に至る前に、元気なうちから、あるいは病状が比較的安定している段階から、自分にとって大切なことや、どのような医療・ケアを受けたいかを考え、話し合っておく取り組みです。これにより、いざという時に、患者さん本人の意思が不明確であっても、過去の話し合いの内容を参考に、より患者さんの希望に沿った医療・ケアを選択できるようになります。
私たち看護師は、このプロセスにおいて非常に重要な役割を担います。患者さんやご家族と日常的に最も近い立場で接しているため、患者さんの日々の思いや大切にしている価値観、些細な変化に気づくことができます。また、医療的な専門知識を持ちながらも、患者さんの感情に寄り添い、不安や疑問を丁寧に引き出すコミュニケーション能力は、ACPや終末期医療における意思決定支援に不可欠です。多職種カンファレンスで患者さんの意向を共有したり、医師の説明を補足したり、痛みのコントロールや療養環境の調整を行ったりと、制度の枠組みの中で、患者さんの「その人らしさ」を支える実践的なケアを提供しているのです。
高齢化社会における終末期医療と看護師の未来
日本の高齢化は今後さらに進行し、人生の最終段階を迎える方の数も増えていきます。それに伴い、終末期医療やACPの重要性はますます高まるでしょう。
制度面では、人生の最終段階における医療・ケアの質向上や、ACPの国民への浸透に向けた取り組みが進められています。例えば、医療費の面でも、住み慣れた場所で最期を迎えたいという希望を支えるため、在宅での看取りに対する診療報酬上の評価なども行われています。また、地域包括ケアシステムの中で、病院だけでなく、診療所、訪問看護ステーション、介護施設などが連携し、人生の最終段階を支える体制づくりも進んでいます。
こうした変化の中で、私たち看護師に求められる役割はさらに広がります。終末期ケアに関する専門的な知識・技術(緩和ケアなど)はもちろん、患者さんや家族との質の高いコミュニケーション、多職種間のコーディネーション能力、そしてACPを推進するための教育・啓発の役割なども期待されます。
医療制度は、医療やケアのあり方を方向づける枠組みですが、その中で実際に患者さんと向き合い、支えているのは私たち医療従事者です。制度の背景にある考え方や、それが現場にどう影響するのかを理解することは、日々のケアの実践において、また自身のキャリアを考える上でも、きっと役立つはずです。
まとめ
医療ドラマで描かれる終末期医療のシーンは、私たちに多くのことを考えさせます。そこには劇的な展開があるかもしれませんが、現実の医療現場では、患者さんの人生の最終段階における意思決定は、厚生労働省のガイドラインなどに基づいた、多職種による丁寧な対話と合意形成のプロセスとして進められています。
特にACP(人生会議)は、患者さん本人の意思を尊重し、その人らしい「最期」を支えるための重要な取り組みとして、制度の中でもその推進が図られています。私たち看護師は、このプロセスにおいて患者さんや家族に最も近い立場で寄り添い、彼らの思いを引き出し、チームと共有する不可欠な存在です。
日々忙しい業務の中で、制度全体を学ぶ時間はなかなか取れないかもしれませんが、このようにドラマをきっかけに、関連する制度やガイドラインについて少し立ち止まって考えてみることは、あなたのキャリアや、目の前の患者さんへのケアに、新たな視点を与えてくれるかもしれません。これからも、患者さんの尊厳を守り、その人らしい人生の最終段階を支えるために、私たち看護師の役割はますます重要になっていくでしょう。