あなたの病院も? ドラマで描かれる「費用」の話と日本の診療報酬・DPC制度
ドラマで感じる「短い入院」のワケは?
医療ドラマを見ていると、「もう退院?」とか「この治療は費用がかかるから…」といった会話が出てくることがありますね。患者さんの状態がまだ万全でないように見えても、比較的短い期間で退院となるシーンに、少し疑問を感じたことがある方もいらっしゃるかもしれません。
これらの描写は、ドラマ上の演出である部分も大きいですが、実は日本の医療制度、特に診療報酬制度やDPC(診断群分類別包括評価)制度と深く関わっています。日々の業務に追われる中で、これらの制度全体をじっくり学ぶ機会は少ないかもしれませんが、皆さんの働いている病院の運営や、看護業務の内容にも直結する重要な仕組みです。
今回は、医療ドラマで描かれる「費用の話」や「入院期間」を手がかりに、日本の診療報酬・DPC制度がどのようなものか、そしてそれが私たちの医療現場に、特に看護師の業務にどのように影響しているのかを見ていきましょう。
ドラマの描写が示唆すること:経営と医療のバランス
ドラマで「この検査は必要だが費用が高い」「この治療を続けると入院期間が長くなる」といった葛藤が描かれることは少なくありません。これは、実際の医療現場でも常に存在する、患者さんにとって最善の医療を提供することと、病院経営の持続可能性という二つの側面のバランスを取る難しさを示唆しています。
特に、入院期間に関する描写は、DPC制度の特徴を反映していると言えます。かつて主流だった出来高払い方式では、行った医療行為の数だけ収入が増えるため、理論上は入院が長引いても、検査や治療が増えても病院経営にとっては有利になりやすい構造でした。しかし、これは医療費の増大を招きやすいという課題がありました。
これに対し、DPC制度では、病名や治療内容、合併症などの組み合わせによって患者さんを分類し、その分類ごとに1日あたりの点数(入院基本料や検査、画像診断、薬、注射などの費用を含む包括部分)が定められています。手術などの特定の専門的な治療費は別途加算されます(出来高部分)。この制度下では、定められた1日あたりの点数の中で効率的に医療を提供することが、病院経営にとって重要になります。つまり、漫然と入院期間が長引くと、病院の収入は増えず、むしろコストが増加するリスクが生じるのです。
ドラマで描かれる「短い入院期間」の背景には、このようなDPC制度における平均在院日数や経営効率を意識せざるを得ない現実があると考えられます。もちろん、患者さんの安全や病状が最優先されるべきですが、制度が医療提供のあり方に影響を与えている側面があることは確かです。
日本の医療制度を支える「診療報酬」と「DPC」の仕組み
日本の医療制度は、国民皆保険制度のもと、誰もが必要な医療を受けられることを目指しています。この制度を財政的に支えているのが、診療報酬制度です。
診療報酬制度とは
診療報酬とは、保険診療において、医療機関が提供した医療サービス(診察、検査、手術、入院、薬など)に対して、国が定める公定価格のことです。医療機関は、患者さんや医療保険の保険者(健康保険組合や市町村など)にこの診療報酬を請求することで収入を得ます。診療報酬は原則として2年に一度改定され、医療技術の進歩、物価の変動、医療費の動向、社会情勢などを反映して見直されます。
この診療報酬の支払い方式には、主に以下の二つがあります。
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出来高払い方式: 行った一つ一つの医療行為に対して点数が積算される方式です。多くの外来診療や、DPC対象外の病棟・疾患などで用いられています。行った医療行為が多ければ多いほど収入が増えるため、検査や治療を積極的に行うインセンティブが働きやすい一方、過剰な医療につながる可能性も指摘されてきました。
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包括払い方式: 診断名や疾患、入院日数などに応じて、医療行為の内容にかかわらず一定の点数が支払われる方式です。DPC制度はこの包括払い方式を基本としています。
DPC制度(診断群分類別包括評価支払い方式)
DPC制度は、2003年から大学病院などで導入が始まり、現在では全国の多くの急性期病院が採用しています。
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目的:
- 医療内容の標準化と質の向上
- 医療資源の効率的な活用
- 病院経営の健全化と透明化
- 患者さんへの分かりやすい情報提供(後に導入された点数表と合わせた仕組み)
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仕組み:
- 患者さんの診断名や手術・処置の有無、合併症の有無などによって、約500の診断群分類に分けられます。
- それぞれの診断群分類ごとに、1日あたりの包括点数が定められています。
- 入院期間は、通常「診断群分類ごとに定められた期間(在院日数に応じた3段階の期間)」で評価されます。早期に退院すると1日あたりの包括点数が高く設定されている期間があり、入院が長期化すると点数が低くなる構造になっています。
看護師の業務への影響
DPC制度は、看護師の皆さんの日々の業務にも直接的・間接的に大きな影響を与えています。
- 診療情報の正確な記録の重要性: DPCでは、診断名や行った処置、合併症の有無などが分類の根拠となります。医師だけでなく、看護師による正確で詳細な記録(看護記録)が、適切な診断群分類や、患者さんの状態を正しく反映した評価に不可欠です。記録漏れや不備は、病院の収入に影響するだけでなく、患者さんの受けている医療内容を正確に示せなくなります。
- クリティカルパスの活用: DPC導入と並行して、疾患ごとに標準的な治療・ケアの流れを示すクリティカルパス(パス)が多くの病院で活用されるようになりました。看護師はパスに沿ったケア計画を立案・実施し、パスからの逸脱があればその理由を明確に記録する必要があります。パスの利用は業務の標準化・効率化につながる一方、個々の患者さんの状態に応じた柔軟な対応も求められます。
- 早期退院に向けた支援: 包括評価の特性上、病院は平均在院日数の短縮を目指す傾向にあります。これに伴い、看護師には入院早期からの退院支援計画の立案や、患者さん・ご家族への情報提供、他職種(医師、リハビリテーション専門職、ソーシャルワーカーなど)や地域の医療機関・介護施設との連携・調整の役割がより強く求められるようになりました。
- 看護必要度評価: DPC病棟では、患者さんの重症度や看護ケアの手間を評価する「看護必要度」の測定・記録が義務付けられています。これは病棟の人員配置や病院の収益にも影響するため、看護師にとって重要な業務の一つとなっています。正確な評価を行うためには、日々の観察やケア内容を適切に判断・記録する能力が必要です。
このように、DPC制度は単に医療費の計算方法を変えただけでなく、医療提供プロセス全体、特に看護師の業務内容や求められる役割にも変化をもたらしました。ドラマで見る「費用の話」の背景には、皆さんが日々行っている記録業務や退院支援といった具体的な業務が繋がっているのです。
将来的な展望と看護師の役割
日本の医療制度は、少子高齢化による医療費の増大、医療技術の進歩、疾病構造の変化など、様々な課題に直面しています。診療報酬やDPC制度も、これらの変化に対応するために今後も改定が続けられるでしょう。
例えば、今後は入院中の治療だけでなく、退院後の生活や地域での連携を含めた医療(地域包括ケア)への評価がさらに強化される可能性があります。また、患者さんの「価値(アウトカム)」に基づいた評価の導入なども議論されています。
このような制度変更は、医療現場に新たな対応を求めることになります。看護師にとっては、これまで以上に多職種との連携を密にし、患者さんの退院後の生活を見据えた支援を充実させていくことが重要になります。また、自身の提供する看護ケアの価値を言語化し、データとして示す能力も求められるかもしれません。
制度の細かい部分を全て把握するのは難しいかもしれませんが、自分の業務がどのような制度の中で位置づけられ、どのような方向に向かっているのかを知ることは、日々の看護に意義を見出し、自身のキャリアを考える上でも役立つはずです。
まとめ
医療ドラマの「短すぎる入院」や「費用」に関する描写は、日本の医療制度、特に診療報酬制度やDPC制度が医療現場に与える影響の一端を示しています。DPC制度は、医療の効率化や標準化を目指す一方で、看護師にとっては正確な記録、早期退院支援、看護必要度評価など、新たな、あるいは重要度が増した業務への対応が求められることになりました。
日々の忙しい業務の中で、これらの制度を意識することは少ないかもしれません。しかし、皆さんが行っている一つ一つのケアや記録が、日本の医療制度の中で位置づけられ、病院の運営を支え、最終的に患者さんへの医療提供のあり方に繋がっているのです。
医療制度は今後も変化していきます。その変化の中で、患者さんに寄り添い、安全で質の高い看護を提供し続けるために、制度への関心を持ち、自身の役割を常にアップデートしていくことが、私たち医療従事者にとって益々重要になるでしょう。医療ドラマを見る際に、少しだけ制度の視点も加えてみると、また違った発見があるかもしれませんね。