『TOKYO MER』だけじゃない? あなたも知っておきたい日本の災害医療と看護師
ドラマで見た緊迫の現場、それは「災害医療」という制度
救命救急センターが舞台のドラマや、災害発生時に命を救うために奔走する医療チームを描いたドラマをご覧になったことはありますか。瓦礫の中での処置、刻一刻と変化する状況下での的確な判断、そして何よりも「必ず助ける」という強い意志。そうした緊迫感あふれる描写は、私たち医療従事者にとって、時に大きな感動や刺激を与えてくれます。
例えば、『TOKYO MER~走る緊急救命室~』のように、大規模な災害や事故が発生した現場にいち早く駆けつけ、その場で高度な医療を行うチームの活躍は、多くの人の心に響いたことでしょう。ドラマでは、特殊な車両や最新技術を駆使し、危険を顧みずに活動する姿が描かれています。
しかし、こうした活動は、単に個人の heroic な行動や、特定のチームの能力だけで成り立っているわけではありません。その背景には、日本が長い時間をかけて整備してきた「災害医療体制」という、ひとつの大きな制度が存在します。ドラマで描かれる迅速な出動や現場での処置も、この制度によって支えられているのです。
今回の記事では、ドラマで描かれる災害医療の描写をきっかけに、日本の災害医療体制がどのような仕組みになっていて、私たち看護師がその中でどのような役割を担っているのかを深掘りして解説していきます。
ドラマのDMAT、現実のDMAT:制度があるからこそ実現する医療
ドラマで描かれる災害派遣医療チーム(DMAT)の姿は、時に現実離れしていると感じるかもしれません。迅速すぎるほどの到着、常に安定した通信状況、あらゆる資材が揃っている環境など、演出上の都合があることは理解できます。
しかし、ドラマで強調される「災害急性期(おおむね48時間以内)における機動的な医療支援」というDMATの役割そのものは、日本の災害医療制度の中核をなす重要な要素です。DMATは、地震や津波、航空機・列車事故などの大規模災害発生直後に被災地に入り、傷病者の救命、トリアージ、応急治療、広域医療搬送などを行う専門的な医療チームとして位置づけられています。
ドラマと現実の最大の違いは、その活動が「制度」に裏打ちされている点です。現実のDMATは、厚生労働省が推進し、都道府県や指定された医療機関(災害拠点病院など)が組織・運用しています。隊員は平時から専門的な研修を受け、いつでも出動できるよう訓練を積んでいます。ドラマのような一匹狼ではなく、定められた手順、指揮命令系統、他のチームや行政との連携の中で活動します。
また、災害医療はDMATだけで成り立っているわけではありません。被災地の医療機関自身による初期対応、都道府県や近隣自治体からの支援、日本医師会や日本看護協会などが派遣するJMAT(日本医師会災害医療チーム)やJNAST(日本看護協会災害支援ナース)、精神科医療を提供するDPAT(災害派遣精神医療チーム)、日本赤十字社の救護班など、様々な医療チームや関係機関が連携して機能します。ドラマでは主要チームに焦点が当たりがちですが、現実にはこうした多様なチームと、それを支える情報共有システム(EMIS:広域災害救急医療情報システムなど)を含めた、多層的な体制が災害医療を支えています。
日本の災害医療体制の歩みと仕組み
日本の災害医療体制は、過去の大きな災害を教訓として発展してきました。
歴史的背景
本格的な災害医療体制の整備が始まったのは、1995年の阪神・淡路大震災が大きな契機となりました。この震災では、多くの傷病者が発生したにも関わらず、医療機関の被災、交通網の寸断、医療支援チームの受け入れ態勢の不備などにより、十分な医療が提供できないという課題が浮き彫りになりました。この反省から、災害拠点病院の指定、DMATの構想・整備が進められました。
その後も、2004年の新潟県中越地震でのDMATの本格的な運用、そして2011年の東日本大震災を経て、災害医療体制の強化はさらに加速しました。広域医療搬送の重要性、精神医療ニーズへの対応(DPATの整備)、平時からの地域連携の必要性などが改めて認識され、体制の拡充や訓練の質の向上などが図られてきました。
現状の仕組み
現在の日本の災害医療体制は、「災害対策基本法」などを基盤として構築されています。主な要素としては以下のものがあります。
- 災害拠点病院: 各都道府県で指定され、災害時に医療救護活動の中心となる病院です。DMATを保有・派遣する機能や、重症傷病者の受け入れ体制、備蓄、ヘリポートなどを有しています。
- 医療救護チーム:
- DMAT (災害派遣医療チーム): 医師、看護師、業務調整員(医師、看護師、薬剤師、事務職員など)で構成され、災害急性期に被災地に入り活動します。
- DPAT (災害派遣精神医療チーム): 精神科医、看護師、精神保健福祉士、臨床心理士などで構成され、被災者の心のケアなど精神医療ニーズに対応します。
- JMAT (日本医師会災害医療チーム): 日本医師会が組織し、主に亜急性期以降、避難所などでのプライマリケアや健康管理、専門医療機関への搬送調整などを行います。
- 日赤救護班: 日本赤十字社が組織し、救護所の設置・運営、巡回診療などを行います。
- 情報共有システム: EMISなどが用いられ、被災地の医療機関の状況、傷病者情報、医療チームの活動状況などを共有し、効率的な医療支援につなげます。
- 広域医療搬送: 被災地内の医療資源だけでは対応できない場合に、被災地外の医療機関へ傷病者を搬送する仕組みです。
看護師の視点での関連性
私たち看護師は、この災害医療体制の中で非常に重要な役割を担っています。
- DMAT/DPAT隊員としての活動: 専門的な研修を受け、DMATやDPATの隊員として登録・活動するキャリアパスがあります。被災地での看護ケア、トリアージ補助、家族支援、チーム内の調整など、極限状況での高度な判断力と実践力が求められます。
- 災害拠点病院・一般病院での役割: 自身が勤務する病院が災害拠点病院であるかどうかにかかわらず、全ての医療機関は災害時の対応計画(BCP:事業継続計画)を策定しています。看護師は、発災時の初期対応、傷病者の受け入れ準備、院内トリアージ、避難患者のケア、医療資材の管理など、院内の災害対策チームの一員として重要な役割を果たします。平時からの訓練への参加や、病院のマニュアルを理解しておくことが不可欠です。
- 地域における役割: 地域の防災訓練に参加したり、住民への啓発活動に協力したりすることも、災害医療全体を支える重要な一歩です。また、自分自身や家族の安全を確保することも、結果として医療資源を守ることに繋がります。
- スキルアップ: BLS(一次救命処置)やACLS(二次救命処置)はもちろん、外傷初期看護(TNCCなど)の知識やスキルは、災害時の傷病者対応に直結します。普段からこうしたスキルを磨いておくことが、有事の際の対応能力を高めます。
課題と将来への展望
日本の災害医療体制は着実に整備が進んでいますが、まだ多くの課題があります。
- 訓練の質と頻度: 実践的な訓練を継続し、様々な状況に対応できる能力を維持・向上させる必要があります。
- 人材育成と確保: DMAT隊員をはじめとする専門人材の育成と、いざという時に出動できる体制の確保が重要です。
- 多職種・多機関連携: 行政、自衛隊、警察、消防、様々な医療チーム、地域住民など、平時からの顔の見える関係構築と連携強化が不可欠です。
- 平時の備えと有事へのスムーズな移行: 災害が発生した際に、平時の医療体制から迅速かつスムーズに災害医療体制へ移行できるかどうかが問われます。
- 複合災害への対応: 自然災害だけでなく、感染症パンデミックのような複合的な危機に対する医療体制の強化も求められています。
今後、南海トラフ巨大地震のような大規模災害の発生リスクも指摘されており、災害医療体制の強化は引き続き重要な課題です。また、AIや遠隔医療などの技術進歩が、災害時の情報収集や医療提供の方法を変える可能性もあります。
私たち看護師は、災害医療の最前線だけでなく、普段勤務している病院や地域社会においても、この体制を支える重要な担い手です。将来的な制度の変更や技術の進化にも対応できるよう、常に学びを深め、主体的に災害医療に関わっていくことが求められるでしょう。
結論:あなたの日常の備えが未来の命を救う力に
医療ドラマで描かれる災害現場は、確かに極限の状況であり、ドラマチックに演出されています。しかし、その根底には、過去の経験から学び、多くの関係者の努力によって築き上げられてきた日本の災害医療体制という現実の仕組みがあります。
日々の業務に追われる中で、大規模な災害医療は自分には関係ない、遠い世界の話だと感じるかもしれません。しかし、あなたが勤務する病院の災害対策、地域の防災訓練、そしてあなた自身のBLSスキルや基礎的な看護実践能力の全てが、災害医療という大きなパズルのピースなのです。
ドラマに心を揺さぶられた経験を、ぜひ日本の災害医療体制への理解を深めるきっかけにしてください。そして、あなた自身の職場での役割や、地域社会での備え、そして自己のスキルアップが、有事の際に多くの命を救う力に繋がることを再認識していただければ幸いです。
災害医療は、医療従事者全員で支え、未来へ繋いでいくべき重要な制度です。